【今週末3/1(日)まで開催】【単独インタビュー】匂いの表現を追求。 嗅覚アーティスト 上田麻希さんがシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]で問い直す、空気というコモンズ。
世界を舞台に活躍する嗅覚アーティスト、上田麻希さん。匂いを「メディウム(媒材)」として捉え、観客の鼻に直接訴えかけるその作品群は、既存のアートの枠組みを揺さぶり続けています。
今回は、2026年3月1日(日)までシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]で開催されている、上田氏によるプロジェクト型の個展「嗅覚の力学〜メディウムとしての空気〜」を紐解きます。本展は、目に見えない空気を「コモンズ(共有財)」として捉え直し、テクノロジーとアートを融合させてその可能性を可視化する野心的な試みです。

photo:Saito Junpei 写真提供:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
本展示は、アートとテクノロジーを駆使して新たな表現を切り拓く「CCBT」の公募から選出されたプロジェクトであり、上田さんとCCBTが2025年を通じて積み重ねてきた活動の集大成とも言える内容。展示は「教育」「リサーチ」「表現」という3つの軸で構成されており、目に見えない空気を「コモンズ(共有財)」として捉え直すという壮大な試みです。
まず「教育」のフェーズでは、ワークショップを通じて参加者自らが匂いを調香し、言葉にするプロセスが主役となる作品を展開します。続く「リサーチ」では、上田さんにとって初となる試みとしてデジタルテクノロジーを導入し、主観的な嗅覚情報を記憶・可視化する作品を展示。そして最後の「表現」では、それまでのリサーチや対話を結実させて、夢の島熱帯植物館の全ドームを舞台とした作品を発表。悪臭や街の匂い、あるいは人間には感知できないほど微細な匂いの分子までもが表現の対象となり、私たちが普段意識することのない「空気」のあり方を問い直す場となっています。
「ニッチフレグランス」を通して香りを届ける私たちNOSE SHOPが、「社会課題」としての「匂い」に向き合う彼女の視点に迫ります。
社会の不都合な匂いまで表現。
CCBTだからこそ挑戦できた

photo:Saito Junpei 写真提供:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
ー今回の展示は、デジタル技術を本格的に取り入れた画期的な内容です。これまでのアナログな作風から一歩踏み込み、CCBTという場所だからこそ挑戦できたことは何だったのでしょうか。
一言で言うと、非常に真面目で真剣なアプローチができた、というのが最大の感想です。通常の美術館やギャラリーでの展示には、あらかじめ決められた大きなテーマがあることが多いのですが、今回は「コモンズ」というお題に対し、自分自身でテーマを決め、それを深掘りすることができました。
特に大きかったのは、一般受けする作品を一切求められなかったことです。アーティストとして、周囲の反応を気にして表現を丸めたり、どこか妥協したりするような場面が全くありませんでした。自分のやりたいように、愚直に問いを深められた。例えば、「空気をコモンズと捉える」という文脈において、あえて悪臭をターゲットに含めるといった表現も、この場所だったからこそ、すんなりと受け入れてもらえたのだと感じています。
ー日本でも香りを媒介としたアートは増えていますが、その多くは「心地よいアロマ」のような印象が大きいように思います。
そうですね。日本では香りがBGM的な使われ方をすることが多いですが、今回のスタッフやプラットフォームは、匂いを信号(シグナル)やコミュニケーションの手段として捉えている私の考えを、すぐに理解してくれました。
ここでは香りではなく、あくまで匂いとして、それが人間にとってどんな意味を持つのかという問いを共有できました。商業的な枠組みに囚われず、公共のプラットフォームだからこそ、匂いが持つコモディティ(商品)としての役割を超えた表現が可能になったのだと思います。
「匂い」はアートとしてのメディア

photo:Saito Junpei 写真提供:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
ー上田さんの中で「商業の香り」と「アートとしての匂い」の境界線はどこにあるとお考えですか。
その問いは、私が審査員を務めているロサンゼルスのアワードでもよく議論になる、世界的に共通したテーマです。まず、商業的な香りは商品であり、消耗品であることが前提にあります。一方で私が行っているのは、匂いをあくまで「アートのメディア(媒介)」として提示すること。なので、私はそれらをただ消費されるだけのものとは見ていないんです。
私が審査員を務めているアワードでも、カテゴリーは明確に分かれています。アート部門ではエクスペリメンタル(実験的)であることが目的であり、純粋にその実験性を追求したものが評価される構造になっていますね。
ただ、これはあくまで「私はアートのメディアとして提示していますよ」という私の表現の話です。それを受け取った方がどう感じるか、というところまでは私は強制できないですし、伝えた先は自由でいいと思っています。
ーアーティストとしての活動と、商業的なプロジェクトが交差することはないのでしょうか?
実は今年、夢の島熱帯植物館で行った展覧会「Aerosculpture ver.2『匂う森』」で初めてその2つが横断しました。私は普段、沖縄の石垣島で季節の花を抽出してルームフレグランスを作るという、小さなお土産の商売もしています。これまでは「アーティストが商業をやっているのは格好悪い」という思いもあり、あまりおおやけにしなかったのですが(笑)。
夢の島熱帯植物館の植生が私の自宅裏の植生と全く同じだったこともあり、石垣で作った素材を初めてアート作品の中に組み込みました。アーティストがデザイナーとして調香の依頼を受けることはよくありますが、自分の商業的な素材がアートに役立ったのは、私にとっても新鮮な体験でした。
香りを楽しむ権利と、心地よく共存するためのヒント
photo:Saito Junpei 写真提供:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
ー日本では、香水文化の普及以上に「香害」という言葉も注目され、社会問題のひとつとなっています。今後、香りの文化を広めていくための課題をどう捉えていますか。
非常にデリケートな問題ですが、私はコミュニティのあり方が重要だと考えています。香害に配慮することはもちろん大切ですが、一方で「嗅ぎたい人の権利」も存在すると思うのです。
香りに限ったことではなく音も光も同様ですが、全てを否定するのではなく、「ゾーン分け」のような指標を作っていくことが、解決の一助になるのではないでしょうか。嗅ぎたい人と避けたい人が、お互いに協力し合って、ゾーン選びの自由なかたちを考えていけたら理想的です。
ー権利と配慮のバランスは、非常に難しい問題ですね。
欧米では、「責任ある自由な個人」を前提としてるため、アート展においてはこの点は問題になることはまずありません。例えば、匂いが嫌なら、避けれるような自由を担保する、つまり自由な距離感を担保することが重要です。日本においてもこうした土壌が広がることを願っています。
ニッチフレグランスを通して、さまざまな「香り」を届ける私たちNOSE SHOPにとって、上田さんの語る「信号としての匂い」や「鑑賞する側の自由」という視点は、非常に新鮮で刺激的なものでした。
空気は誰のものでもなく、全員のものであるコモンズだからこそ、私たちはもっと自由に、そして互いに敬意を持って、香りや匂いと向き合えるはずです。
- 上田麻希 展覧会「嗅覚の力学〜メディウムとしての空気〜」
会期:2026年2月13日(金)〜2026年3月1日(日)13:00-19:00
会場:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
観覧料:無料

プロフィール:
上田麻希 Ueda Maki
嗅覚アーティスト
2005年以来、嗅覚とアートの融合を試み、匂いをマテリアルとした作品を発表。欧米の嗅覚アート界の先駆者的アーティストのひとりとなる。2009年よりオランダ王立美術大学など世界各地にて教鞭を取り、多くの嗅覚アーティストを輩出。世界的な嗅覚アートの殿堂、アート・アンド・オルファクション・アワード・エキスペリメンタル・カテゴリーに5回連続ノミネート。2022年には最優秀賞を受賞。令和6年度文化庁長官表彰。現在は石垣島に嗅覚アート研究所を構え、嗅覚教育や嗅覚ツーリズムに取り組む傍ら、世界各地で展示やワークショップを展開する。
シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
CCBTは、アートとデジタルテクノロジーを通じて人々の創造性を社会に発揮するための活動拠点。
実験と創作のための開かれたラボとして、多彩なプログラムを展開し、クリエイティブ×テクノロジーで東京をより良い都市に変える原動力となることを目指す。
https://renewal.ccbt.rekibun.or.jp/ja
interview:NOSE SHOP
text:Miho Kawabata

